『嘘つき娘』は裏切らない

今年読んでよかったと思う本の一つが『嘘つき娘』。

嘘つき娘

嘘つき娘

マウゴジャタ・ムシェロヴィチは井上ひさしサリンジャーを足したような作家かななどと感じるところもある人で、私好みの作家である。
『嘘つき娘』についていえば、主人公は女の子であるが、さしあたり『青葉繁れる』を想像してもらえればいい。
男の子に一目惚れした女の子が、その一心で、故郷をはなれ彼の住む街の学校に進学するという強引な展開はどこか少女漫画を思わせるものでもあるが。

児童文学という枠組みでいえば、愉快な子供や切ない子供、とにかく子供をいきいきと描くのがうまい。このところ少なくなった巨匠感漂う(ピアスやパターソンのような)じつに実力派の作家だと思う。
しかし、どうも翻訳が進んでいない。


金曜日うまれの子 (世界の青春ノベルズ)

金曜日うまれの子 (世界の青春ノベルズ)

ナタリヤといらいら男

ナタリヤといらいら男

  • 作者: マウゴジャタ・ムシェロヴィチ,田村和子,Malgorzata Musierowicz
  • 出版社/メーカー: 未知谷
  • 発売日: 1998/05/01
  • メディア: 単行本
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ノエルカ

ノエルカ

  • 作者: マウゴジャタムシェロヴィチ,Malgorzata Musierowicz,田村和子
  • 出版社/メーカー: 未知谷
  • 発売日: 2002/01
  • メディア: 単行本
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こうして並べてみると、流れはなんとなく想像がつく。
天下の岩波書店から出版されたが、ーそれは力を評価されてということだと思うがー、商業的に伸び悩み、あらためて、未知なる出版社から本が出版されるに至っている。

表紙の雰囲気から、両社の本づくりに大きな隔たりがあることは想像がつくけれど、これに関しては、まず未知谷の方向性が正しいと思う。
岩波の表紙は全体としていかにも陰気くさい。黄金の90年代に売れる本ではなかったろう。テイスト的には70年代を引きずりすぎている。
やっちゃったな、岩波!という感じがしないでもない。

マウゴジャタ・ムシェロヴィチのサイトをのぞいて、本家の表紙などを見ても、いくらか癖のある中東欧ふうなポップ(ポーランドポップ?)テイストが基調になっている。(もちろん時代とともに版を変えてきたのかもしれないけれど)
http://www.musierowicz.com.pl/

マウゴジャタ・ムシェロヴィチの作品に現れる基本的な特質のひとつがユーモアの感覚だと思うのだが、岩波の表紙がそれをよく伝えているとは思えない。
『クレスカ15歳 冬の終りに』に、ひとんちの食事時に紛れ込んで、いっしょにご飯を食べる愉快な女の子が登場するとは想像がつくまい。
はじめて読んだ頃のメモ。
『この作品に出てくるちっちゃい女の子が傑作。なぜかよそんちでお昼ごはんを食べている。ここぞというときに必ず現れる。なにかあるんだか、ないんだか、まああるんだけど、クレスカそっちのけで大活躍。一読の価値あり。』
山中恒の『とべたら本こ』や『ぼくがぼくであること』もよそんちで食事をする子供が登場する物語なのだが、子供が他所の家で食事をするのは、ある危機の状態を示しつつ、どこか子供ならではといった、ユーモラスな感じがする。(西原理恵子に漫画で描かせたい)子供サバイバルの基本技のひとつかもしれない。無人島に流れ着いたり、モンスターと戦うばかりがサバイバルではないんだなぁと思う。

マウゴジャタ・ムシェロヴィチのこれらの作品は、ゆるやかなサーガをなしているそうだ。登場人物がゆるやかに重なりあったりしている。クレスカで出てきた女の子の一六歳の時を金曜日で描くというような。
老人、大人、青年、子供、それぞれに魅力的な人物が、関わりあって、物語は進行していく。
そういう意味では、小学校低学年には少し難しすぎるだろう。そのぶん中学生以上のすべての人が楽しめるものになっていると思う。
図書館のYAの棚に並んでいる、そんじょそこらのアメリカ人作家よりは、格は一つ二つ上だと思う。
さしあたり読んで裏切られたことはない。
ということで、翻訳の田村和子さんを心から応援したい。


そういえば、『青葉繁れる』や『ドクトルマンボウ青春記』『青い山脈』あたりをYAとして、読み継いでいくための工夫などもあっていいものかと思う。


(どうでもいいけど最近のホームズシリーズはラノベ調というか、ホームズもワトソン君もすごいことになっている。まあ、それで新しい読者が引き込めれば御の字であるかもしれないし。あつかいは『若おかみは小学生!』と一緒である。スムーズな移行ということでは正解かもしれないが)

名探偵ホームズ 緋色の研究 (講談社青い鳥文庫)

名探偵ホームズ 緋色の研究 (講談社青い鳥文庫)

若おかみは小学生! 花の湯温泉ストーリー(1) (講談社青い鳥文庫)

若おかみは小学生! 花の湯温泉ストーリー(1) (講談社青い鳥文庫)

それにしても、メッシへのインタビューとホームズのこの表紙は、基本的な日本人の体質を示しているのでは、とふと思った。空気を読むということへの賛否はあるけれど、読もうとする対象がうちわに限られているというあたりが問題なのだと思う。神のみを恐れるは勇者の、神をも恐れぬは悪漢の、一神教文化圏における最大級の表現だそうだが、日本人に、こういう感覚はない。