『コロボックル物語』を読んで その1
佐藤さとるの『コロボックル物語』を5巻まとめてざっと読んだ。
『だれも知らない小さな国』
『豆つぶほどの小さないぬ』
『星からおちた小さな人』
『ふしぎな目をした男の子』
『小さな国のつづきの話』
ほかに別巻として、短編集があるのだが、シリーズとしては一応これで完結。
この物語は、私が小学生だったころに、すでに名作として評価を確立していた作品だけれども、当時の私はSF作品や推理小説を中心に読んでいて、このシリーズとは相性が悪かったようだ。たぶん読みかけて途中でやめてしまい、そのときのマイナスの印象が残っていて、ずっと読むことがなかった。
ほぼ30年!
ところが先日、図書館のカウンターに『コロボックル物語』を返却に来た小学生が、実に生き生きとした表情をしていたので、これは読まねばと思った。
その小学生は、開館日カレンダーのついたての陰を指差して、このへんにもコロボックルが隠れていそうな気がするとまで言ったのだ。
私の年頃で味わい深いのは、一人称で語られる1巻目の『だれも知らない小さな国』。少年が大人になるまでを、あいだにさりげなく戦争をはさんで、淡々と語られていく。
物語・ストーリーとして、弾んで、楽しめるのが、2・3巻の『豆つぶほどの小さないぬ』と『星からおちた小さな人』かなと思った。小学生なら、このあたりが最も楽しめるのではないかという感じ。
私の子供心もずきずきとうずいた。
作家の三田誠広(NGワード??)が、志賀直哉の『小僧の神様』について書いていたが
、『小僧の神様』は小僧=子供が出てくるということで、教科書などにも載せられるが、むしろ読むことの味わいがますのは、貴族院議員の側に身をおいて、小説が読めるような年になってからだと。
『コロボックル物語』を子供にすすめるとして、順序良く『だれも知らない小さな国』からすすめて、つまらないと投げ出されるくらいなら、先に『豆つぶほどの小さないぬ』をすすめて、「世界」に引っ張りこむのもありかなとも思う。
アニメ番組などで、途中から見始めて気に入ってしまい、あとから頭のほうを見直すということは、わりとありふれていることだし。
『ツバメ号とアマゾン号』シリーズも、面白さでは、うしろのほうの巻が上だと思う。
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実際仕事先の図書館では『コロボックル物語』は、閉架書庫に並んでいる。
古典といってよいくらい長く読み継がれてきた作品なのだが、ここに来て人気にかげりがでているということなのだろう。
こと文芸書に限っていえば、2・3年資料費がストップしたとしても、利用者を満足させられるだけの蔵書が市民図書館には、すでにあると思う。
本と人をいかに結び付けられるかが勝負だとも思し、工夫次第でなんとでもなる気がする。
新刊を並べていくだけなら書店員と変わらない。図書館員の専門性のひとつがこのあたりで発揮されるべきだと思うのだが、いかにも手薄というのが私の印象だ。